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日々たれながし
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大きな丸い太陽が、形を歪めて西の空に沈み行こうとしている。
私たちはその光を正面に受けながら、ひたすら足を動かしていた。
額が熱い。
日暮れまでに目的の村まで辿りつこうと、少し早足だ。
「ううう、曽良君~~~っ、もちょっとゆっくり歩いても大丈夫だって~~」
「芭蕉さんに付き合って今夜も野宿するつもりはないんです。置いていかれたくなかったらとっとと歩いてください」
弟子はつれない言葉を振り向きもせずに投げかけると、そのまま黙々と進んでゆく。
前ばかりを見て。
小憎らしい。
それなら、と私は先ほどからの『遊び』を再開する。
夕日に伸ばされた、長い長い影。
前を歩く弟子の影を、私は力を込めて踏む。
目の前に伸びた、影の頭。それを、長旅の土埃ですっかりくたびれた草履で踏む。
踏みながら歩く。
『影踏み鬼』だ。
鬼ごっこの一種で、鬼は相手の影を踏んで捕まえる。
鬼に捕まった者はどうなるだろうか?
そう、食われるのだ。
彼は振り向かない。この遊びに気づかない。
だから、私はずーーーーっと前から鬼のままだ。
力を込めて足を下ろす。

―――ざり。

足の下で土が鳴る。地面を踏みしめる。
一つ足を下ろすごとに、私は彼を捕まえる。そして、彼の影を捕まえるたびに、少しずつ彼を食らうのだ。
何度も何度も影を踏み。
何度も何度も彼を食む。
(私は、まだ影しか食べられないけれど)
以前から、私の中で彼に対する濁った感情が徐々に膨れ上がってきているのが分かった。
独占欲、支配欲、彼を己のものにしてしまいたいという欲情。
だから、旅の供に彼を選んだ。
常に同じ時間を共有しなければならない二人旅なら、彼の時間を独り占めできると思った。
けれど、困ったことに、少しもこの感情は収まる様子をみせようとはしない。
彼が誰かと言葉を交わすのを見るたびに、美しいものに目を細めるたびに、じりじりとした思いが胸を焦がす。
離れがたく。
彼の温度を感じたく、彼の言葉を聞いていたく。

(ああ、もしもこの身が真に鬼であったなら)

(影ごと彼を一口に食べてしまって)

(後は何も受け入れず、静かに飢えて朽ちることができるものを)

「―――芭蕉さん?」

ふと、前を行く曽良の足が止まった。
少し振り返る彼の顔は、逆境でよく見えない。
私は慌てて口元に浮かんでいた笑みを消す。
(彼は気づいただろうか?)
小さな期待と大きな不安。
「………村が見えてきましたよ」
前方を示す彼の指。その先には、夕餉の支度かふわりとたなびく白い煙。
(気づかれなかった)
大きな失望と小さな安堵。
「わしょーーーいっ!もう芭蕉へとへとだよ!早く行くぞ曽良君っ!」
とたんに元気を取り戻したように、私は足を速めて弟子の前に出た。そのまま早足で歩く。
背中に、じっと注がれる曽良の視線を感じる。
どこか、訝しそうな。
だがすぐに、歩みを再開する音が聞こえてきた。
私は再び口元に笑みを浮かべる。
(もしも、気づいたら)

そしたら、その時こそようやく。

(私は鬼になれるのだ)

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