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日々たれながし
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滝の横の穴をくぐり抜けると、そこは真っピンクだった。

夕士と長谷は、あんぐり口を開けたまま呆然としてしまった。
「す、……すげえ………」
「すごすぎる………」
桜、さくら、サクラ。
あたり一面、桜だらけだった。どこもかしこもピンク色。
見渡す限りの木々が、桜だった。
星の美しい夜空を、桜の花びらがひらひらと舞う。
「ひええええ、桜だらけ!」
「真っピンクだーーーー!!」
例によって大家さんが謎の技で空間を繋げて(?)桜山への入り口が妖怪アパートに出現したのだ。
花見の準備をしている、残りのアパートの連中が来るまで、二人でブラブラと散歩することにした。

「なんか、本当ここは一体どこなんだ……ゼッタイ地球でないよな……」
「深く考えるな。しかし、ここまで桜だらけだとちょっと恐いな。圧巻というかなんというか」
「俺、なんかクラクラしてきた……」
見上げると、雪のように薄桃色の花びらがどんどん降ってくる。
このまま降り積もって、埋まってしまいそうだ。
「そ、そろそろ戻るか」
「だな。迷子になったら困るしな」
どちらからともなくきびすを返す。
なんとなく、沈黙がおりた。
二人で、桜の舞いに見とれる。

「稲葉」
「ん?」
サクラ色に霞む世界で、なんとなく夕士が遠くなった気がして、長谷は思わず名前を呼んだ。
振り返る夕士に、ふいに胸がつまる。
二人の間の距離がもどかしくて苦しかった。
薄桃色の花びら、綺麗な夜空。
真っ直ぐに自分を見つめ返してくる、見慣れた、なのにどうしてか知らない人のような黒い瞳。
愛おしさが溢れた。
(なんだろう、桜に酔ったかな)
「長谷」
夕士の口が、自分の名前を紡ぐ。
桜は、不思議な木だと思う。
華やかに咲いて、儚く散る。
清らかに、優しげに咲くかと思えば、
狂おしげに、熱に浮かれたように、くるくると舞い落ちる。
(そうか、桜は)
(『恋心』に似ているのか)
だからこそ人は、桜に惹かれるのかもしれない。
こんなにも美しく思うのかもしれない。
長谷は夕士を抱きしめたい衝動にかられ、腕を伸ばそうとした。
そのとき、
「おーーーーー!!絶景だな!!」
でっかい声が聞こえて、二人はビクッと飛び上がった。
わいわいがやがやと妖怪アパートの連中が入り口から賑やかに入ってくる。
「わーーーっすっごいピンクーー!!」
「いやいや、これは凄いねえ」
「酒がすすむゾー!」
「綺麗だねえ」
「花見だ花見だーっ」
すっかりいつもの雰囲気になって、なんとなく二人はホッと息をついた。
長谷は、がっくりきたような安心したような、複雑な気持ちだ。
「いくか、長谷」
「おう」
顔を見合わせて、笑いあう。
「よーっし、食うゾーーー!!るり子さんお手製花見弁当!!」
「やったーー!いいね、いいね!」
「デザートの花見だんごも桜餅も楽しみだー」
「腹が減ったー」
わいわい言いながら、楽しそうに妖怪アパートの面々の中に入ってゆく。
桜は、ただ、舞い降る。
心浮き立たせるように。
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