「10代目!桜って、なかなか怖ェ植物だったんスね!」
「へ?」
ポカン、とツナが見上げる。
(ああ、なんてお可愛らしい!)
その様子に密かにキュンとする獄寺。
うららかな春の日。
二人で帰る、桜並木。
「桜の木の下には死体が埋まってるって聞きました」
「ああ。うん」
「桜がピンク色なのは、本来白い花なのに死体から血を吸い上げて染まるからなんスね!こんなたくさんの桜の下に死体が埋まってるなんて、平和な国だと思ってましたが日本もあなどれません!」
これはますます俺がしっかり10代目をお守りせねば!!と意気込んで燃える獄寺に、
「プッ………あはははっ」
たまらずツナが吹き出した。
今度は、獄寺がキョトンとする番だ。
「10代目ぇ………?」
「ゴメンゴメン!あははっ……本当に埋まってるわけじゃないんだよ。てゆーかホントに埋まってたら怖いよ!確か、昔の小説かなんかに書かれてて、その中のセリフが有名になったんだよ」
「なんだ、嘘なんスか!?」
おのれ、10代目の前で恥かかせやがって…っ
と、恐い顔になる獄寺にビビりつつ、ツナは苦笑した。頭いいくせに、獄寺君はこういうとこがヌけている。
「………でも、やっぱり綺麗だよね」
そう言って顔を上げたツナにつられて、獄寺も桜を見上げる。
「ちょっと怖いくらい」
薄ピンクの泡のような花が、風に揺れ、ひらひらと花びらをこぼす。
風に舞う桜。
そう、それは確かに美しい。
けれど。
花は、ただの花だ。
たぶん俺一人だったら、こうやって立ち止まってゆっくり眺めることなんてなかっただろう。
ツナが桜を綺麗だと言うから。
側で、一緒に見ていてくれるから。
だからこそ俺はこんなにも、素直に桜を綺麗だと思えるんだと思う。
そっとツナを盗み見ると、穏やかに、優しい表情で桜を見上げている。
その横顔を見ていると、だんだん心がもやもやしてきた。
ああ、これは、嫉妬だ。
俺は、ただの花にさえ、10代目がそんな慈しむような視線を向けられることが悔しいのだ。
(そうだ、俺が死んだら。そこに、桜を植えてもらおうか)
ふと、そう思った。
俺が死んだら、10代目はお優しい方だから、きっと少しは悲しんでくれるだろう。
そしたら、俺を糧に育った桜の下で、悲しむ10代目に花を散らして、お慰めしてあげよう。
花の一つ一つに想いをこめて、10代目のために散ろう。
そして、10代目の髪に、肩に、頬に
微かに触れて、地に落ちよう。
それは、なんだかとても魅力的なことに思えた。
「10代目」
「何?」
「もし………」
「ん?」
ツナが振り返る。
獄寺は先程の思いつきを言おうかと思ったが、ツナと目が合った瞬間……なぜか言えなくなってしまった。
代わりに、
「桜、好きスか?」
「うん、そうだね」
「そっすか!」
その後の獄寺の行動はすばやくて、ツナに止める暇はなかった。
獄寺はニッコリ笑うと、側にあった桜の枝に手を伸ばし、
ぽっきりと折ってしまった。
「あーーーーーー!!!」
「え、っ!?」
「ご、獄寺君!!桜の枝は折っちゃダメなんだよ!!」
「え、そ、そーなんスか!?」
常識がどーのというより、10代目に怒られて青くなる獄寺。
「じゅ、10代目に差し上げようと……スイマセン……」
桜の枝を持ってしょんぼり肩を落とす獄寺に、ツナはなんだか気が抜けて。
苦笑した。
「まあ、しょうがないか。家に持って帰って母さんにあげるよ」
「す、スイマセン」
「いいってー……ありがとう」
その言葉に顔を上げると、桜を受け取ったツナがにこっと笑ってくれた。
その笑顔を見ると、獄寺はなんだか胸がいっぱいになって。
嬉しくて、好きで、好きでどうしようもなくって泣きそうになる。
「10代目、……またお花見行きましょー」
「いいね!」
この笑顔を見ていたい。
できるなら、ずっと。
だから、この身がいつか桜に埋まるとしても、
それが遠い日であることを願った。
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